「馬ありて」のきっかけ。林芙美子の「蒼馬を見たり」

「馬ありて」がいかに作られたか、拙文ではありますが、私笹谷遼平の目線で記していきたいと思っています。
まずは本作品が作られた根底の動機についてです。
個人的なことになりますが、私は十代の後半の頃から、作家・林芙美子が好きでした。「放浪記」「浮雲」などで知られる大正、昭和の作家です。
林芙美子の初期の詩で、「蒼馬を見たり」というものがあります。
京都の郊外の新興住宅地で生まれ育った私に、馬は無関係な存在でした。しかしこの詩を読んでからというもの、日本の原風景には馬が居る、と思い込むようになったのでした。
私はいつしか、馬を撮りたいと、漠然と考え始めていました。

思えば「馬ありて」の旅は、この時から始まっていたのかもしれません。

せっかくなので、最後にその詩の全文を載せます。

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蒼馬を見たり

古里の厩は遠く去つた

花が皆ひらいた月夜
港まで走りつゞけた私であつた

朧な月の光りと赤い放浪記よ
首にぐるぐる白い首巻きをまいて
汽船を恋ひした私だつた。

だけれど……
腕の痛む留置場の窓に
遠い古里の蒼い馬を見た私は
父よ
母よ
元気で生きて下さいと呼ぶ。

忘れかけた風景の中に
しほしほとして歩ゆむ
一匹の蒼馬よ!
おゝ私の視野から
今はあんなにも小さく消へかけた
蒼馬よ!

古里の厩は遠く去つた
そして今は
父の顔
母の顔が
まざまざと浮かんで来る
やつぱり私を愛してくれたのは
古里の風景の中に
細々と生きてゐる老いたる父母と
古ぼけた厩の
老いた蒼馬だつた。

めまぐるしい騒音よみな去れつ!
生長のない廃屋を囲む樹を縫つて
蒼馬と遊ぼうか!
豊かなノスタルヂヤの中に
馬鹿! 馬鹿! 馬鹿!
私は留置場の窓に
遠い厩の匂ひをかいだ。

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