「馬ありて」のきっかけ その2


「馬ありて」が出来る過程は、迷走の連続でした。合理的なことは何一つないと、言い切れるかもしれません。

そんな「馬ありて」を作るきっかけに関して語るならば、東日本大震災、原発事故には触れなければいけません。それは大きな衝撃でした。
とは言っても、私自身の身内が亡くなったり、被災したり、ということはありませんでした。なので私が2011年に感じたことと、実際に被害を受け、身内を亡くされた方が感じた衝撃とは、全く比べようがありませんし、並べるべきではありません。そう書くこと自体、大変おこがましくも感じます。私が感じたことは、対岸の傍観者だからこそ受け取れる、ありきたりな衝撃なのかもしれません。

しかしそれまで自分がいかにのうのうと生きてきたのか、ガツンと鉄槌を打たれたようでした。自分の無知さや、無関心さがつくづく恐ろしくもなりました。つまり、「自分は何も知らない」という心を持つことの大切さに気付かされたのでした。

書けば大袈裟です。しかしながら、秘宝館にはじまり、蝋人形、性玩具のドキュメントを作り、真面目にサブカルチャーの道を邁進していた私の足はピタリと止まりました。何を作っても「作る意味」に到達することはないのではないか?そんな疑念が頭を支配しました。そしてある時、自分ではとても手に負えない大きなものと対峙していることに気づきました。

それは、「生命を撮る」というテーマです。

と同時に、私は「ばんえい競馬」を知ることになります。林芙美子の「蒼馬を見たり」によって、日本の原風景に馬が居ると思い込んでいた私の中で、「馬」というモチーフと「生命を撮る」というテーマが合流した瞬間でした。

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